湯呑

朝7時、インターホンの音で起こされた。非常識な宅配だと苛立ちながらドアを開けたら、やけに大きな箱を提げた友人がいて何事かと思った。何ということもない、きれいな魚が釣れたから持ってきたと言う。じゃーん、と開かれたクーラーボックスには、水彩絵の具を溶いたような魚が泳いでいた。ラムネ色の身に赤い骨が透けている。透明標本の配色だ! と感激して、寝起きの不機嫌が霧散した。

取り急ぎのお礼に、お気に入りのお菓子をハンカチに包んで渡した。魚は海水ごと鍋に汲み入れた。それだけだと今にもスープにされそうで哀れなので、真っ二つに割れた湯呑を隠れ家代わりに入れて(割ってから、ずっと燃えないゴミに出しそこねていた)、身支度を済ませ家を出た。しかし会社から帰ると魚は居なくなっていた。鍋から飛び出した様子もない。今朝のあれは夢だったのか......? と着替えて夕飯の準備をしかけたところで、違和感に気付いた。鍋に沈めた湯呑が直っている。直った上に、見慣れない細工まで施されている。

割れていた(はずの)湯呑は百均で買ったもので、黒い地に銀の刷毛目を流したデザインだった。その刷毛目に頭だけ隠すように、消えた魚そっくりのガラスがはめこまれていた。見間違いかと思って洗ってみても、青と赤が透明度を増すばかりだ。水を汲んで中を覗くと、電球の灯りが透かし絵を通りぬけ、ホログラムのように魚を浮かび上がらせた。

しばらく見惚れていたが、急に喉が渇いていることを思い出し、湯呑の水を飲みほした。同時にどぅるんと冷たい喉ごしを感じ、見ると魚の透かし絵は消えていた。