傷と鉛筆

左手の痣が卵黄のような色になっている。痣は合谷という、マッサージ師がいつも押してくれるツボの部分にある。先週自転車のハンドルに思いきりぶつけ、ビィィン!と肘まで心地よく響き(ツボってこんなふうにも押せるんだ、と感心した)、合谷、クリーンヒット!とテンションを上げていた。ここ数日は、痣が浮かびあがるのを微笑ましく見ている。

昔から、傷や痣や火傷ができるとちょっと嬉しい。開いた傷が少しずつ塞がり、茶色の線になり、線が薄くなり、やがて消えていく過程、あるいは痣の色変化を観察するのが好きだ。軟膏と絆創膏で世話を焼くのも好き。植物の手入れをするような、清潔な愛おしさを感じられる。シャーペンでなく鉛筆を使っていた頃は、はさみで真ん中のぐるりを切りつけて折り、軟膏を塗り、絆創膏を貼り、包帯を巻き、「痛かったねえ、もう大丈夫だよ」と話しかけていた。何が大丈夫なんだ。もちろん、何度包帯を巻き直しても絆創膏を貼り替えても、鉛筆は元に戻らない。飽きた私は握りにくくなった鉛筆を引き出しへ放りこみ、忘れた頃に次の鉛筆をへし折っては無為な治療に励んでいた。

鉛筆といえば、小学校にあった自動鉛筆削り機が好きで毎日使っていた。しっかり軸を握りこまないと持っていかれそうになる、あのスリルが懐かしい。でもカッターで地道に削るのも好き、音と匂いが落ち着くから。木製の人形になって、丸刀で耳を彫りだしてもらえたら気持ちいいだろうなあ。