2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧

貝の死骸

去年会ったとき、実は赤ちゃんができたの、とはにかみながら報告してくれた先輩から、「シャコ入りします」と連絡が来た。赤ちゃんは死んでしまったのだ。 オオシャコガイの死骸が水子を救うと判明したのは、貝の大量斃死をきっかけにその生態についての研究…

寄生される石

蛆石の季節がやってきた。狙い目は石垣だ。丸い石を探すなら川原と思われがちだし、もちろん川原にも蛆石はあるんだけど、川は撒かれた胞液を洗い流してしまうから群生しづらい。一つ見つけても次が近くにあるとは限らず、数を集めるのに苦労する。その点石…

蛸のぬいぐるみ

IKEAで蛸のぬいぐるみを買った。一抱えくらいの大きさで、全体的なフォルムはリアルだけど顔や足はいい具合にデフォルメされていて、かわいい。寝るとき抱きたいというよりは見守っていてほしかったので、枕の横に座らせた。布団に入って蛸の方を向いて足を…

ドラム

新宿で買い物を済ませ帰る途中、バスタ前方面から群衆の雄叫びのような騒ぎが聞こえた。近づいていくうちに叫びは合唱に代わり、合唱の奥に激しいドラムが混ざり、路上ライブだと知れた。広い歩道を埋め尽くした観客は、曲に合わせ一糸乱れぬ歌と踊りを披露…

「閉鎖された坑道が何故広さを増していくかというと。それは鉱夫がいなくなったから、という我々の感情的錯覚ではなくて、事実、物理的に広くなってるんですよ。知っての通り坑道というのは、果てしない労働と暗闇によって人々の時間感覚を狂わせ、身体を否…

風船葛

精神が限界を迎えたので、会社近くの花屋に寄った。産毛でふかふかした淡い花があればいいなと思っていて、実際あったんだけど、真っ先に目を惹いたのは風船葛の鉢だった。風船葛といっても置いていたのはあの緑のやつじゃなくて、籠盛りの果物みたいにカラ…

湯呑

朝7時、インターホンの音で起こされた。非常識な宅配だと苛立ちながらドアを開けたら、やけに大きな箱を提げた友人がいて何事かと思った。何ということもない、きれいな魚が釣れたから持ってきたと言う。じゃーん、と開かれたクーラーボックスには、水彩絵の…

孔雀の目

ベランダに干してたシャツが飛ばされた。下ろしたてなのに最悪だ。慌てて外へ出て探して、見つからないのでアパートの裏まで回って、そこで孔雀と子どもを見つけた。 孔雀は頸と両脚に釣り糸を巻きつけられ、コンクリートの破れ目から飛び出した釘に繋がれて…

えのぐ

完成間際の絵の上を登っていたら、絵の具の「のぐ」の部分がどしゃりと背中に雪崩れ、くずれかかった肩甲骨もろとも画面にへばりついた。挙げ句「のぐ」はその音韻を全うすべく、巨大な人差し指を招いて私ごと潰させた。ひどすぎる。そっちがその気ならこっ…

秒針

貫入時計は、窯出しされた陶器の貫入音を転送して時を進める。そしてこの腕時計が流通し始めて、陶器は貫入を見せなくなった。秒針に奪われたからだ! 貫入の入った古陶の価値が跳ね上がり、美術品として扱われるようになった背景には間違いなく、こいつの存…

インナーカラー

同期に虹色のインナーカラーを入れている子がいる。いくら髪色自由だからって大胆が過ぎる、という旨を遠回しに伝えたら、いやこれ地毛だから! と笑い飛ばされた。そんなわけないだろ。でも仲良くなった。 一緒に帰ってお昼を食べて、と距離を縮めて毎週飲…

ほっぺ

数ヶ月前に買った幼珠のペンダントがやっと届いた。受注販売かつ数十分間で売り切れる激レア品。これでボーナスが吹っ飛んだけど後悔はない。ただただ嬉しい。 すりガラスのような和紙を慎重に剥がし、桐箱を開けると、ふわふわの茶髪がおくるみ代わりに入っ…

キメラ

ブログを読み返していて、昔のバイト先のことを思い出した。大学時代、私はキメラ工場で働いていた。 作業場には無数のがらくたと、接着に必要な道具一式が揃っていた。出勤して指定されたエリアへ行くと、その日の材料となる生きものが段ボール箱に詰められ…

目蓋の透かし彫り

施術したきっかけは、職場の先輩のそれに一目惚れしたことだった。透かし彫りされた目蓋は瞬きするたび微細な光が散るようで、白檀の扇子を彷彿とさせた。きれいー、私もやりたいです、と自分の目蓋を指先で叩いてみせると、先輩は喜色満面で話し始めた。 「…

くらげ病

気分がすぐれない日が続いている。明確にどこが悪いというのでもないんだけど、まるで大きなあめ玉を飲みこんだような、吐き気の伴わない車酔いのような、くすぐられる感覚から笑いを抜いたような、もやもやとした落ち着かなさが身体の真ん中に居座っている…

オルゴール

遅れちゃったけど誕生日プレゼント、と友人が古い木箱をくれた。一緒に博物館へ行ったとき、小さな箱が好きって言ったのを覚えていてくれたのかな。嬉しい。家に帰ってから一人で開けてね、と念を押されて玉手箱みたいだと思った。 帰ってさっそく開けてみる…

春を殺せ

泊まりに来た友人に、春に殺される前に春を殺そうと持ちかけた。布団に入って、鈍くなる思考をうち広げながら話す際限のない時間、何時だったか覚えてないけど3時は回っていたと思う。友人は少し黙って、春って毒使うタイプの殺人鬼だからなー、と言った。春…

フライドポ人

ベッドからずるずると抜け出したら、パジャマと、厚み一センチくらいの生皮が布団の中に残って、首から下が新鮮な桜色になってしまった。布団が重すぎたせいだと思う。無性にエビフライが食べたくなって(抽象的な共食い)、揚げ物のシミュレーションをした…

写真家を志していた先輩から、久々に会おうと連絡が来た。また昔みたいに撮りに行くのかと思って動きやすい服を選んだのに、先輩は手ぶらで現れた。今日はカメラ持ってないんですかと聞くと、そんなのとっくに捨てたよと笑われた。あ悪いことを聞いてしまっ…

タイドプール

夜の海で、夥しい数のタイドプールが宙に浮いているのを見た。まるでこの一帯だけ重力を失ったかのように、大小さまざまな丸い水がふるふるとしていた。タイドプールの群れが月光を咀嚼するさまは、いつかのランタンフェスティバルを連想させた。 割りたい、…

含浸処理

存在に罅が入っていることには気づいていたけれど、どうしても修理されたくなくて見ないふりをしていた。罅はいつの間にか全体に拡がって網目模様を描き、いつ壊れてもおかしくない状態になっていた。壊れる、という純粋な恐怖にみぞおちを痙攣させながら耐…

幸福の総量

嫌いな友人はよく、「幸福の総量は皆等しく決まっているから」と言う。......つまり? 「今幸せな人は早い段階で幸福を使い切ってしまうし、そうでない人は晩年に幸福が訪れるの。ペースが違うだけで、皆幸福の総量は同じってこと」。あー......前も聞いたけ…

謎缶パーティー

家に友達が三人来た。シャンパンを開けて謎缶パーティーをしたら、四つ足の生物が私だけになった。 一人は梅のミルク煮を当て、『チャーリーとチョコレート工場』のバイオレット・ブルーベリーみたいに膨張し(あまりに膨らんだせいで、テーブルがリビングか…

お天気カクテル

行きつけのバーのオーナーが、今日はお客さんだけに特別なカクテルを作ります、と言うのでどんな酒か聞いたら、ここ来る前って晴れてました? と質問返しされた。戸惑いながら晴れてましたよと答えると、特別なカクテルというのはお天気を変えるカクテルなん…

改札

改札の床に人が呑まれるのを初めて見た。前の若いカップルが二人もろとも呑まれて、あ私も落ちる、と思ったときには無事ホーム側に抜けていて、振り向いたらスーツの中年男性が呑みこまれていた。肝を冷やすってこういうことだなと思った。 改札で人が消える…

友人

5年前に声を失った友人がいる。最後に会ったのが3年前、連絡を取ったのは2年前。引っ越して簡単には会えなくなって、通話できたら話すこともあっただろうけどチャットで話すほどの話題もなくて、今どうしてるかなと思い出すことも少なくなっていた。しかし先…

感情のカラーボール

中央線新宿駅のホームで、全身原色に塗れた男を見かけた。今年は出かけていて見逃したが、また例の大会が行われていたらしい。 新春☆感情ドッジボール大会は、間引き政策の一環として始まった大規模イベントだ。ルールは簡単。参加者は各々の感情をカラーボ…

再構成

運動不足が甚だしいので散歩に出たら、隣の家から何かが飛び出してきた。よく見ると男の子だった。歩道のない坂を上るその身体は、絶えず裏返るアスファルトに覆われて黒ぐろとしていた。保育園のある方向から愚かな子どもがやって来て、ゴジラだ! と叫んだ…