春を殺せ

泊まりに来た友人に、春に殺される前に春を殺そうと持ちかけた。布団に入って、鈍くなる思考をうち広げながら話す際限のない時間、何時だったか覚えてないけど3時は回っていたと思う。友人は少し黙って、春って毒使うタイプの殺人鬼だからなー、と言った。春云々より、伝わらないと思っていた話が精確に伝わったことに感動して眠気が吹き飛んだ。

春のタチの悪さは見かけの穏やかさにある。春は目に見える武器は何も持たず、暖かな光と風を以て優しく世界を包み込む(厳しい冬がこれまたいい引き立て役となり、私たちを油断させる)。しかしその膨大な空白は人々をじわじわと浸蝕し、そうと気づかせないまま核を腐らせる。春に攻撃されている、と気づいたときには手遅れで、全治数ヶ月〜一年レベルの重症を負っている。こんな悪はフィクションでも見たことがない! 興奮して話すと友人は、「死って逃げ道をさりげなく置いとくのも悪趣味だよね、お膳立てしといて手は下さないっていうか、あくまであなたを殺したのはあなた自身ですよって体なのが」と低い声で言った。なんかもう感動を通り越して、思考が漏れてるんじゃと不安になってきた。それから春の悪口、もとい分析でしばらく盛り上がった。

やっぱ、春より大きな空白を冬のうちに育てとくしかない、と友人は結論づけた。そんなの私たちの器じゃ耐えられないよと反論したが、それ以外に勝算がないのも確かだった。腹を括って友人の方へ寝返りを打ち、「わかったじゃあ絶対に死なないでね、どれだけ虚しくても死が美しく見えても春を殺すまでは生きて空白を育てようね、おやすみ」と一息に言った。友人はもう寝ていて、おやすみは返ってこなかった。