空想

氷のビルが幾重にも重なる世界。夥しい数の立方体の部屋に、淡い緑色の多肉植物たちが一人ずつ収納されている。氷は一切の気泡を含まず、多肉植物たちは途方も無い視力を有しているので、どこまでもビル群とその内部を見透すことができる。かれらは氷壁をなめながら暮らしている。そして外へ出たら死ぬ、と本能的に知っている。壁は気温によって溶けることはないが有限で、なめたぶんだけ少しずつ薄くなる。うっかり壁に穴をあけてしまった者は表皮からじわじわと外気に侵され色を失う。なぜ外気にふれると死ぬのかは誰も知らない。

数日かけて完全な透明になった多肉植物の死骸は、やがて形を崩してゆき、均整なビル群に不似合いな、有機的な形のまま床(下の階の者から見れば天井)に固着する。多肉植物の死骸は構造色をもち、角度によって虹色に美しく輝くので、他の者から見て氷か死骸かの区別は容易につく。かれらは存在した瞬間から、死への恐れや憧れも、生への執着や倦怠ももたない。死に際の多肉植物たちはただ鈍くなる思考をたどりながら空白になる。かれらは繁殖をしないのでいつか必ず絶滅する。最後に生きのこった多肉植物だけが、透明と虹色の終焉を見ることができる。