『アビシニアン』

強くて美しくて懐かしい物語だった。私は厭世的な青年が、天真爛漫な、あるいは神秘的な女と恋に落ちる系のボーイ・ミーツ・ガールものが苦手で(まず斜に構えた態度に唐突に差し込まれる性欲が無理、捻くれた自分を面白がって愛してくれるヒロインを求める願望が透けて見えて気持ち悪い、見定めるような男の目線によって女の魅力が演出されるのが不快。何故かこういう小説のヒロインは男を「君」と呼ぶ。しかし上記の要素によって本が売れる、ということも理解できる)、この小説もものすごくざっくり言えば「厭世的な青年が神秘的な女と恋に落ちる系」ではあるんだけど、まったく嫌悪感を感じなかった。女が青年と出会う前に、紛れもない女自身の意志と強さによって完全な美しさを得ているせいか、「あなたは私を求め、私はあなたを愛した」ことが説得力をもった事実として淡々と述べられたせいか。そして文章がきれい。きれいで詩的でリズムがある。

女は15歳からの4年間、都内の公園で一匹のアビシニアンとともに、自身ものら猫として生き、成長する。その初めの章が一番すき。女はアビシニアンが死んだ日に、強烈な野生をまとったまま街へ出る。その対比によって彼女から放たれる光がいっそうくっきりする。思いだしただけでドキドキする。それからずっとことばの在り方がテーマになっていたのもよかった。借りた本だけど買おうかな。