秒針

貫入時計は、窯出しされた陶器の貫入音を転送して時を進める。そしてこの腕時計が流通し始めて、陶器は貫入を見せなくなった。秒針に奪われたからだ! 貫入の入った古陶の価値が跳ね上がり、美術品として扱われるようになった背景には間違いなく、こいつの存在があるといえよう......と、フリーマーケットの店主は熱く、独特の口調で語っていた。正直、私はそんな伝説めいた話にも陶器にも興味はなかったし、罅割れた古陶の何がいいのかもわからなかった。ただ貫入時計の秒針音は格別だった。その玲瓏さが、購入を決めた唯一の理由だった。

音はキン、というよりキン...ィン...という感じで、おりんを鳴らしたような余韻を一秒ごとに残しながら無限の多重奏となり、聴いていると心が洗われた。でもすぐに、身につけるにはうるさすぎると気づいた。もともと腕時計が欲しかったわけでもないので、普段は小物入れに収めておいて、寝るときだけ枕元に置くという使い方に落ち着いた。とてもいい不眠薬になった。

それが突然壊れた。具体的には、秒針が反対方向に刻々と回るようになった。音のすばらしさは変わりないからいいとしても、起きてまず見る時間がでたらめなのは困る。迷ったが鞄の内ポケットを漁り、あの日押しつけられた名刺を探し当て、番号をタップした。店主にはワンコールで繋がった。

「なんと! 陶芸家不足により、貫入が"今"だけでは足りなくなったようだ......恐らく"過去"の音を借り始めたんだろう。今すぐその時計を叩き壊しなさい。トンカチでもビール瓶でも石でも、何でもいい! さもないと、いずれあらゆる古陶から貫入が......」っあ〜、ありがとうございます、と遮って終話した。