えのぐ

完成間際の絵の上を登っていたら、絵の具の「のぐ」の部分がどしゃりと背中に雪崩れ、くずれかかった肩甲骨もろとも画面にへばりついた。挙げ句「のぐ」はその音韻を全うすべく、巨大な人差し指を招いて私ごと潰させた。ひどすぎる。そっちがその気ならこっちにも考えがある。私は深く眠るように極彩色の沼底へ潜り、ぶちまけられた身体をすみずみまで浸透させた。我が細菌爆弾でキャンバスごと腐らせてやる、悪臭を放ちながら生ゴミと化してしまえ。

勝利を確信してほくほくしていると、ふいに何かに絡みつかれた。茸だった。帆布の繊維から菌糸が伸びて、四肢だったものを侵していた。まさか先客がいたとは。でももう手遅れだ、分解されてしまう。すでに内臓ペーストはゴムのように固まって、均一なすべすべになっていた。茸は私から吸い上げた湿り気を腕力に変えて、キャンバスに重なっていたカサを押し上げた。厚塗りの油絵と思っていたのは茸のカサだったらしい。なんか引っ張られてるなと思ったら、白化した筋肉が茸の柄に取りこまれていた。ぎりぎりまで延ばされた首すじのような緊張が神経に走って、とても不快だ。茸は私とともに悠々と身長を伸ばし、ぼろぼろと床にこぼれ落ちていった。私は完全なる敗北に打ちひしがれながら、せめて誰かが美味しく食べてくれないかな、と理想の調理法を夢見ていた。