みんな眠い

「睡魔」という言葉の責任転嫁っぷりはすごい。眠いのは寝不足のせいだし、寝不足なのは不規則な生活のせいだし、不規則な生活なのは自己管理能力がないせいなのに、「睡魔が」と言っておけば被害者面ができる。万能仮想敵。

そうして、眠いけど自分の非を認めたくない、誰かに責任を押しつけたいという強い欲望によって我々が生まれたのだ、と私の睡魔は言った。いないはずの神が誕生するのと一緒だ。Excelファイルを加工しながら、それじゃあ不眠症の人間には相当に強い睡魔が潜んでいるんだね、と返すと、睡魔は首を振った(補足しておくと睡魔に形態はないが、彼の動きや感情は自分のことのように感じられる)。「夜寝てないから昼眠い」のと「夜寝たいけど寝れなくて昼眠い」のは、まったく違うのだという。前者の人間は寝ればよかったという後悔があるため、無意識に睡魔に責任転嫁したがるが、後者の人間は寝る努力をして尚寝られないのだから後悔も何もない。そもそも不眠症患者は生きるのに精いっぱいで、睡魔を生み出すだけの持続的感情エネルギーがない。本当はお前なんかじゃなくてそういう人のところへ行って寝かせてあげたいよと、睡魔は睡魔のくせに殊勝なことを言った。私だって好きでこんな奴と一緒にいるわけではない。じゃあ行けば? と睨んだら、そんな器用なことできない、としょげていた。それを見て、勝手に生み出されて勝手に疎まれたままどこにも行けないのも可哀想だな、と思いかけたが、睡魔と話したせいで猛烈に眠くなってきて、ムカついて情けは相殺された。仕事中に相手するんじゃなかった。

退勤して駅に向かう途中、やたら左右に揺れながら歩いている女とすれ違いそうになった。なんか危ないなと思って悟られない程度に距離をあけたが、無意味だった。女は急に向きを変えてまっすぐぶつかってきた。同時に強烈な熱を感じ、見ると腹を刺されていた。女は私の傷口をごそごそ漁り、睡魔を攫っていってくれた。