貝の死骸

去年会ったとき、実は赤ちゃんができたの、とはにかみながら報告してくれた先輩から、「シャコ入りします」と連絡が来た。赤ちゃんは死んでしまったのだ。

オオシャコガイの死骸が水子を救うと判明したのは、貝の大量斃死をきっかけにその生態についての研究が進んだからだという。死骸は確認されているだけでも3000t、年々増え続けており、シャコ入りを希望する人間より多い。らしい。調べるまで知らなかった。まさかこんな身近な人がシャコガイになるなんて思わないから。先輩へのお悔やみと子への祝福を合わせた定型文を送り、式はいつですかと聞いた。日程と一緒に招待状が送られてきたので、友人に連絡して元々入っていた予定をずらしてもらった。

式は昼の漁港で行われた。よく晴れたシャコ入り日和だった。招待されていたのは20人ほどで、世代はばらけていたが全員女性だった。船揚場に集められた私たちは互いに一言も交わさず、先輩の登場を待った。スロープに揚げられた船にオオシャコガイが鎮座し、赤くくすんだ肉から腐臭を放っていた。先輩は、よく日に焼けた漁師らしき女に連れられて現れた。女がオオシャコガイの死亡確認をする間に(誤って生きているオオシャコガイに入ってしまうと、胎児が人でなく巨大真珠として仕上がってしまう)先輩は纏っていた布を脱いだ。そして女が頷くと同時に、オオシャコガイの薄く開いた口に足からすべり込んだ。すでに死んだはずの貝は、息を吹き返したように白い身体を呑みこんだ。先輩は仰向けた顔だけ外に出して、一瞬私たちと目を合わせてくれたように思ったが、頭部はすぐ横に伸びて肉と融合してしまった。