新生活

生まれて初めて、逆さ雨と戻り雨を経験した。始めはゆっくりと、しかし加速しながら昇っていく逆さ雨は万物を溶かし、地球全域の海抜をゼロメートルにした。もちろん私も皆と粘液になって飛翔して、いい感じのところでもったり留まった。逆さ雨に打たれたら、戻り雨が来るまで相当に退屈だろうなと思っていたが全然そんなことはなく、むしろ頭(いや頭はないから、意識?)が騒がしくて目まぐるしくて大変だった。無限に拡張した脳みそに、情報を詰めこめるだけ詰めこまれているみたいな。あらゆる生命体の感情と思考と欲望と知覚を、あらゆる非生命体の忍耐と性質と永遠と儚さを認識した。何故大人はいつも、私が考えていることがわかるんだろうと、それがこの雨を経験しているからだと知っても不思議に思っていたけど、なるほどこういうことだったのかと理解した。

やがて戻り雨が降ってきた。粘液は硬度を取り戻し、街がランダムに生成され、私たちは個々の存在へと退化した。薄い地面から陽光が湧き、まばらな雲を照らしあげていた。地球が球体として見えるほど遠くには来ていないので、空はこれまでと大して変わらず、天地がひっくり返ったことを忘れてしまいそうだった。戻り雨が止んでまずすべきはコロニーを作ること、という前の保護者の教えに従い、人を見つけ次第声をかけた。すぐに5人集まった。所在無げにしていた首輪つきの中型犬もコロニーに加えた。それから家を探していたら2階建ての新しそうな住宅が見つかったので、まだ壊されていない鍵を壊して、私たちの住処にした。