目蓋の透かし彫り

施術したきっかけは、職場の先輩のそれに一目惚れしたことだった。透かし彫りされた目蓋は瞬きするたび微細な光が散るようで、白檀の扇子を彷彿とさせた。きれいー、私もやりたいです、と自分の目蓋を指先で叩いてみせると、先輩は喜色満面で話し始めた。

 「やってしばらくは全然目開かないけど、二週間すれば仕事できるくらいにはなるよ。人前に出れるようになるのは一ヶ月くらいかな。まあ自分がどれだけ気にするかによるか、ほんとに気になる人は片目ずつ施術して眼帯つけるんだって。時間かかるから私は両目やったけど」それからおすすめのクリニック、施術時間、麻酔の種類、麻酔が切れたあとの痛み、保険について、なぜ透かし彫りが塞がらないのか、なぜ目が乾かないのか、ダウンタイム中気をつけるべきこと、腫れが引いてからも続けるべきセルフケア等々、先輩はありとあらゆる情報を教えてくれた。しかし目蓋越しの世界がどう見えるのかについては、頑として教えてくれなかった。いくら聞いても、「とにかくおすすめだよ、特にあなたみたいな人には」と含みのある言い方ではぐらかされた。

今、ぱっちり開くようになったレースの目蓋を得て思うのは、一体先輩はどうやって正気を保っていたのかということだ。目を閉じている限り、透かし模様は脈絡のない夢を映し続ける。目を開けても、涙膜に溶けた夢は甘く視界を上書きする。施術していないはずの唇、鼓膜、嗅粘膜、あらゆる感覚器官に簾がかけられてもんやりして、時折、自分と誰かの声が交互に重なるのが聞こえる。声の意味はとうにわからなくなっている。