含浸処理

存在に罅が入っていることには気づいていたけれど、どうしても修理されたくなくて見ないふりをしていた。罅はいつの間にか全体に拡がって網目模様を描き、いつ壊れてもおかしくない状態になっていた。壊れる、という純粋な恐怖にみぞおちを痙攣させながら耐えて耐えて耐えて、気が狂うぎりぎりのところで修理の予約をした。

修理工は私を見て、こんなひどい状態の人は初めてですと驚いた。ここまで壊れた人は修理なんか来ないで破片になるから、それはそうだろうと思った。そして案の定、「噓」による含浸処理を勧められた。また、最近認可された「意味」は「噓」より安いが効果はほぼ同じで、「噓」のジェネリック医薬品みたいなものだとも説明された。前者の毒々しい赤は勿論嫌だったし、後者の安っぽいオレンジもまさに紛い物の紛い物という感じなのが嫌で、とにかくどっちも嫌だった。白か透明はないんですか、とダメ元で聞くと、赤かオレンジの二択ですと即答され絶望した。色を見せられただけでも吐きそうなのに、この液体が私の空隙を満たして硬化して永久に取り除けなくなるなんて、壊れるよりよっぽど怖いと思った。

やっぱりやめます、もう無処理のまま砕け散りますと言うと(自分でもびっくりするくらい声が震えていた)修理工はあっさり引き下がり、出口はあちらです、と向かって右に視線を投げた。示された扉を開け、踏み出すとそこに地面はなく、私はあっけなくオレンジ色のプールへ落ちた。浸かった瞬間すべてがどうでも良くなって何も考えられないまま、あ噓、世界の罅は何色で処理されてるんだろうってちょっと考えた、それですぐ気を失った。