「閉鎖された坑道が何故広さを増していくかというと。それは鉱夫がいなくなったから、という我々の感情的錯覚ではなくて、事実、物理的に広くなってるんですよ。知っての通り坑道というのは、果てしない労働と暗闇によって人々の時間感覚を狂わせ、身体を否定させ、内省に突き落とし、幻覚すら生じさせるものでした。こう言うと坑道が一方的に人間を苛んでいたように聞こえますが、宇宙の法則においてはあらゆる不均衡が許されていませんから、見かけの加害者だって必ずしっぺ返しを食らうと決まっています。地下通路にお似合いの陰湿な復讐は、他でもない坑道自身が引きずり出した鉱夫たちの思念によるものでした。もしかして、思念が、脳神経細胞の間でしか取引されない通貨とでもお思いでしたか? あるいは頭蓋骨に幽閉された死刑囚と? 濃縮された思念は容易に気化して、周囲に影響するものです。そして坑道で汗を流す人々の思念が混沌を極めていたことは、言うまでもないでしょう。天井が、壁が、床が、つまり観測不可能な質量を持った土が、それらを形成する粒子が、無垢でいられるはずがありません。本来不必要なはずの思念を飲まされた粒子はしかし、日光を浴びられないがゆえに鉱夫たちが残したその断片をこねくり回すしかなく、永遠に不完全な思索を続ける運命を決定づけられたのです。こんな拷問は人間にすら耐えられないのですから、訓練を受けていない坑道にとってはなおさらです。そんなわけで、粒子はほろほろとその身をほどけさせ、時を味方につけたミクロ世界の変容が可視化され、あの膨大な空洞が今明らかになったというわけです。」