ドラム

新宿で買い物を済ませ帰る途中、バスタ前方面から群衆の雄叫びのような騒ぎが聞こえた。近づいていくうちに叫びは合唱に代わり、合唱の奥に激しいドラムが混ざり、路上ライブだと知れた。広い歩道を埋め尽くした観客は、曲に合わせ一糸乱れぬ歌と踊りを披露していた。ダンシングマニアってもし存在したらこんな感じなのかな。熱狂の性質が、観客というより過激な信者のそれだ。通路が塞がれていてとても通れないので、一瞬だけ車道に出ようと人だかりを迂回したら、反対側の駅出口に着いて唖然とした。車道という概念がなくなっている。なんで通報されないんだ。それとも私が知らないだけで、今日はこの異常事態も許されるほどの特別な日なんだろうか。

遠回りして帰路につくのを躊躇うくらいには野次馬精神が刺激されていたが、近づくのは怖いので、離れたところから様子を見ることにした。私みたいに遠巻きに見物する人はたくさんいた。「誰かのライブですか?」「この曲知ってますか?」という質問があちこちから聞こえた。答えられる人はいなかった。好奇心に負けて人だかりに近づいた人は、例外なく狂騒に組み込まれて踊りの一部になった。まるでウイルス性の洗脳だ。「ダンスゾンビだ...」という誰かの呟きが聞こえた。

ダンスゾンビたちは突然歌うのをやめ、膝立ちで静止した。曲が終わったようだった。駅前は、空間ごと真空管に放り込まれたように静まった。黒い海の真ん中で男が立ち上がり、ドラムスティックをマイクに持ち替えた。「ご協力いただきありがとうございます。素晴らしい旋律でした。これでアルバム二枚分の新曲ができました」。見物人は、ああ群衆作曲か、なあんだ、とばらばら帰っていった。ドラマーも帰る支度をしていた。膝立ちの人々は、いつまでも膝立ちのまま動かなかった。