写真家を志していた先輩から、久々に会おうと連絡が来た。また昔みたいに撮りに行くのかと思って動きやすい服を選んだのに、先輩は手ぶらで現れた。今日はカメラ持ってないんですかと聞くと、そんなのとっくに捨てたよと笑われた。あ悪いことを聞いてしまったかな、と気まずくなった。

先輩はどこへ行くとも言わずに歩き続けて、白い住宅街へ入っていった。途中不安になって声をかけたが、歩くのに夢中で聞こえていないようだった。住宅街の白は濃い灰色に変わった。到着、と先輩が立ち止まったところには、入れそうな店はおろかまともな状態の家すらなかった。あるのは壁が剥がれたり窓が割れたり黴に覆われたりした空き家と、濁った貯水池だけ。先輩は尻ポケットから鋏を取り出し、貯水池から三角形を切りとった。そこにあったものは消滅して、曖昧な空き地が残った。なんですか今の、と聞くと黒い三角形をひらひらさせて、万華鏡を作っているんだと教えてくれた。どれだけ回しても、違う景色が展開され続ける巨大万華鏡。そのために、これまで膨大な数の三角形を切りとってきたという。

でも切りとりすぎて世界が退屈になってしまった、と言われて初めて、かつて世界に色があったことを思い出した。外側なんてずっと見ていなかったから気づかなかった。先輩は、あなたを連れてきたのは最後に私を切りとってもらうためなのだ、と鋏を差し出した。言われたとおりに三辺切り込みを入れたら道案内してくれる人がいなくなったので、白い三角形と鋏を空き地に捨てて、グーグルマップを見ながら帰宅した。