棺を提げている人は、私の世代だとあまりいない。犬や猫の棺を提げている人はたまにいるが、大体は硬化も縮みも進んでいなくて生ものっぽさがある。狩猟の獲物みたいでどうかと思う。私の棺は違う。私のと言っても小さい頃にそうと知らずに拾ったやつで、本当は届け出ないとだめなんだけど。拾いものとバレたら面倒なので、基本的にはペンダントとして服の内側に隠している。まあ見つかったところで、ここまでしっかり棺化した死体の顔は誰も判別できないから大丈夫だろう。

私が提げている棺は見た目にはただの成人男性だが、相当に古い。皮膚は強く引っ掻いても傷ひとつつかないし、拾ったときから身長が1ミリも縮んでいない(縮みが収まるのが大体80〜100年と言われているので、この死体はそれ以上昔からあるということになる)。振るとしっかりした水音が鳴り、不純物が棺の内側に結晶していることを証明している。私がおじさん=棺だと知っても届け出なかったのは、この中身を飲めば苦しまずに死ねると言われているからだ。いつでも死ねる毒薬を胸に秘めておくことで、今日まで生き永らえることができた。でもそれも今日まで。

超硬質の棺は、その死因を再現することで開くことができる。だから事故死や病死だと対処が難しい。ただおじさんには目立つ外傷がないから事故死は除外される。病死ならここまで良質な棺になることはない。縊死なら一番開きやすかったんだけど、麻縄で首を締めてもびくともしなかった。グラスになみなみ水を注いで死体を入れてみたが何も起こらなかったので、溺死でもない。毒死の可能性を考えたが、毒が混じったおじさんの体液を飲んだら結局苦しんで死ぬことになりそうで嫌だ、試すのは最後にしておきたい。色々な手段でおじさんを痛めつけるうちにだんだん苛立ってきて、そのへんにあったカッターを硬い腹に突き立てた。棺は手の中で、パピコみたいにあっさり割れた。

拍子抜けしながら、下半身に残っていた液体を上半身にそっと注いだ。液体は想定していたより透明で臭いもなく、水にしか見えなかった。一呼吸おいて棺を呷ると、少ししょっぱい、海水みたいな味がした。しかし一時間待っても二時間待っても一日経っても、何も起こらなかった。