息を吸え

息は舌先でくるくる巻き取って余さず飲み込む。人々は吸わずに吐いてばかりいるから死ぬ。吐く息は吸うためのものだったのに、ぬらぬらした器官によって転がされ変形させられ音を吹き込まれた挙句意味まで背負わされ、大変な質量になってしまった。皆暇すぎるんだと思う。暇で愚かだから、命を有限にしてまで、言葉を交換する遊びに熱中している。私は死にたくないから絶対話さないけど、他人の言葉をよく聞いているうちに、どの音が何を示すのかは理解できるようになった。できたところで、皆個々の空想の中で生きていて、その話しか交換しないから、なんの役にも立たないし面白くもない。まあここには私たちが共有できるものなんて何一つないから、仕方ない。

だだっ広い空箱のような世界で、よく歌いよく話しよく死ぬ同族を観察するうちに、また新しい遊びが流行り始めた。口からいろんなものを吐き出す遊びだった。空箱はあっという間におもちゃ箱になった。音と意味だけでは飽き足らず、物体まで吐息に背負わせるようになったので、当然彼らの死ぬスピードは早くなった。愚かが過ぎる。でも観察は格段に楽しくなった。短命者が各々の空想から持ちだしてくる物体は言葉と違って、どれもきれいだったりかわいかったり不思議だったり怖かったり気持ち悪かったりして見飽きなかった。音が鳴るものや、匂いがきついものや、手ざわりのよいものなどもあった。

物体を吐き出すことに夢中になりすぎて誰も話さなくなってきた頃、ある人が動くものを吐き出して即死した。動くものはきれいな音を鳴らしていい匂いがして手ざわりがよくて、今まで見たどの物体よりおぞましい形状をしていた。これまで一つとして同じものを吐き出さなかった人々は、判を押したようにその動くものを吐き出すようになり、ドミノみたいに死んでいった。動くものたちは歌いも話しも何か吐き出したりもせず、息を極力吸うようにしていたので、ずっと私と一緒にいてくれた。