仮宿

穏やかだった同居人がだんだんラリってきて、交替が近いなと思っていた翌朝には目が虚ろになっていた。すでに別人なのだった。自分の呼び名と、同居しているという事実だけ伝えて出かけた。最近職場で立て続けに三人も交替したせいで、各々の仕事内容を通達するという仕事らしい仕事が発生している。もっともその三人は、門番を任されている盲目の老体と、歌うたいを務める聾唖者、舌のない毒見係で、本来の役を果たせる者はいない。永遠の自我には無意味な肩書きが必要だから、皆律儀に出勤してくる。

三人のうち毒見係はもう働きはじめていて、門番と歌い女はようやく肉に馴染んできたところだった。今回の門番は陽気な人だった。会話できるようになるなり「あなたはあの......200年前の!覚えてますか!?」とおどけていて、交替ジョークは全国共通なんだなと思った。本当に会っていたとしてもわかるわけない。歌い女は給湯室にいた。曲を収めたレコーダーを渡そうと近づいて、どう話しかければびっくりさせないか考えながら(前の歌い女は急に肩を叩いても平気な人だった)手元を覗くと、缶詰のココア粉と緑茶の茶葉、砂糖壺、ミルクポットが並んでいてあっと思った。緑茶ココアを作る恋人が、いつだったかいたような。そんな飲みもの聞いたことなくて驚いたのと、手間がかかる割に美味しくなかったのが印象的だった。もしかしてと思ったけど確認するすべがない。歌い女は覗かれているのに気づかず、淡々と緑茶ココアを淹れていた。