原始の香り

私は家で服を着ていない話をカジュアルにするので、何人かの友人には裸族だと思われているかもしれない。実は基本的に着ている。ただ服を脱いだあと着るのがとんでもなく億劫になる、そのタイミングで裸族になってしまうことが多々あるだけだ。だから裸族タイムはランダムに発生することになる。

今日は朝から粘土で人魚を作っていた。その過程で自分の裸体をスケッチし、以降裸族になっていた。そこで気づいたのは、裸で粘土をこねるのはめちゃくちゃ原始人っぽいということだ。もちろん何をするにしても、裸である時点で原始人らしさを帯びることにはなる。しかし粘土をこねるという行為は別格で、これと裸であるという事実が結合することで爆発的な化学反応が生じ、原始人値がカンストする。これまでは(裸でベッドに寝転がるの、素朴で気持ちいい...♪)とか、(裸でりんご丸かじりするの、生きるために食すって感じ...♪)とかふんわり思っていたが、その比ではない。原始人に対して貧困なイメージしか持たない私の脳内に、粘土をこねている間だけは豊かな映像が流れ始める。縄文土器。アダムとイヴ。深い草むら。マンモス。楽しくなってきて歌いだすと、原始人値はさらに跳ね上がる。狩りの成功を願う祭り。太鼓の響き。口笛。火を囲む儀式。洞窟。

あとは木材を麻縄で巻いて芯棒を作るのも、なかなかに原始的だった。何かを作るという行いが原始人っぽさを秘めているんだろうか。平刀で木を削っていたら手が滑り、危うくみぞおちを切りそうになったので大人しく服を着た。